
第3回「感性をもったサッカープレイヤーに」
1年中で最も気温の上がらない季節になりました。外出に臆しがちですが、サッカーをすると体がぽかぽかとして、「あたたかさ」を知ることの出来る、心地のよい季節です。朝はグランドに霜がはっていたり、水たまりが子どもの好きな音をたてます。サッカーの中でグランドに手を付くと地面がコンクリートのように感じて、また、冷えた体のままボールを蹴ると、足先の冷たさを思い出すのですが、そういったすべての環境の変化を前向きに捉えて、冬ならではのサッカーを楽しんでいるのが最近です。
このように、サッカーはたくさんの自然とあいまってプレイする楽しみをもつスポーツです。風を受けながらプレイするときもありますし、大雪や大雨の中行うこともあります(洗濯が大変ですね〜)。埃っぽい土、固い土、柔らかい土、砂のグランド、天然芝の上などボールコントロールの仕方も一様ではありません。風の強さや風向きなどによっては、それを巧みに利用してキックを意図的に変化させる楽しみもあります。「妖精」と呼ばれたストイコビッチという選手が、大雨の中でのドリブルは難しいと考え、リフティングという技術でボールを落とさずに数十メートルを駆け抜けてゴールを生んだことがあるのですが、大雨を楽しんでいた天才的な彼に、そういう考えをもたない僕はとても魅せられたものでした。
才能のあるプレイヤーは、そうでないプレイヤーが難しいとしていることを、ごく自然にこなすことが出来ます。感性や感覚が優れているのでしょう(もちろん努力や意識も高いのです)。僕が信じているのは、そういったサッカーの中での感性は、日常のそれとつながっていて、自然な見方、正しい感じ方、考え方を生活に取り入れている(習慣としている)プレイヤーこそが、サッカーでも自分を表現することに優れているということです。
先日、サッカーサークルで子どもと試合をしている最中に、ある子が、「ハッシー!きょうは雲ひとつない空だね!」と話してかけてきて、ハッとその日の空の青さに気付きました。その子に対して強く感心したあとで、『子ども』という存在に対してとても遠い気持ちになりました。その子どもの感じる力を大切にしてあげなければと思いました。
サッカーを楽しむということは、―子ども達にとってーその時間や空間のすべてを楽しむことです。大人がプレイのひとつひとつに注目してあげるのも大事ですが、教育的になってそこに焦点を当てすぎると、子どもの様々なことへの感じる力を抑えてしまいがちです。それではサッカープレイヤーに大事な感性や感受性というものが育まれないでしょうし、さらに子ども達が、サッカーを本質的に楽しんでいることにはならないでしょう。僕はもっと広い人になって、「今日は青空だね」という言葉に、「気持ちがいいね」と心から返事をする感性をもちたいと願います。現在、僕の前にいる子ども達が、ずっと豊かな感性をもったサッカープレイヤーであるために。
そしてこれらは、最近、「本質的にサッカーを楽しむこととはなにか?」の疑問符を自分自身に投げかけたことの、ヒントにあたる部分だと思いました。
2004/1/6 橋口陽二郎
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